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1994年 195ｐ 部数は少なそうです。資料用にもいかがでしょうか。
序
アンデスのラン、マスデバリアに関わって久しいが、なかなかその生き様が解らな い。いや、解ろうと思考するよりも、ぼんやり花に囲まれていた方が気分がよいので、 ついそのままとなる。それでもだんだんと蒐集が増え、種の整理を進めてゆくと,実 像とはいかないが,どうやらマスデバリアの輪郭だけはおぼろげに見えてきた。そこ で,道未だしではあるが,ここらで一書を仕上げ, 微力ながらこのランの存在を世に 知らしめたいと思い立ったものである。
日本ではこれまで、ほとんど知る人もなく,今日に至ったランであるが、何故か世 紀末に浮上し, 花には珍しく男性よりも女性に多く愛されるという不思議な魅力を持 ち、他のランにはない妖しさと古い歴史がそこにある。
このランがスペインのRuiz と Pavon により世に出されたのは1794年、ちょうど200 年前の事であるが, その100年後の19世紀末, このランに情熱を傾けた女性, Woolward によって "The Genus Masdevallia" という大判の豪華本が, 1890 1896年に出版 されている。 それから100年後の現代はDr. Luer の労作, 全種, 図版と記載をセット した “Thesaurus Masdevalliarum" (全24巻) が完結間近になっており, なにか1世 紀の隔たりに因縁めいたものを覚え、拙著もそれにあやかれたらと思ってしまう。 Woolwardの時代, 100年前には単一の属だけの本は、あまり例がなく,また,現代 にはいくつか, 属でまとめたの本が出されてはいるが, 十数年をかけて出版されるLuer の本に比肩しうるものはまったくなく,この思い入れにはそれぞれに計り知れないも のがある。
19世紀後半のヨーロッパは,温室の普及と共にラン栽培が人気化し, ピーチやサン ダーなど熱帯のランを商った商会が活躍した時代である。 マスデバリアは緯度が高く 夏涼しいヨーロッパに適したランであり、現地から送られてきた新種が目新しい花を つけるたびに, 愛好者のどよめきに沸いた時代でもある。
わが国においても,マスデバリアの登場は意外に古く, 明治40(1907)年頃であった。 時の子爵, 伊集院兼知氏は明治31年からランを始めた人で,当時盛んだったイギリス から、かなりの種を輸入して北向きの涼しい温室で上手に栽培され, 花時にはマニア を魅了させてたらしいが, 種類についての記録はなく, 残念なことに同42年,不測の 事故でラン栽培を中断されてしまった。 その後は暑さに弱いこのランは,あまり手が ける人もなく、次第に消滅してしまい, 一部の強健な種だけが生き残っていたようで, この蒐集, およびそれ以後に導入された種はドラクラその他を含め50種前後と思われる。 昭和10年代から戦後, しばらくは空白の時が流れ, 昭和30年代後半からぽつぽつ輸 入されだしている。 ちなみに誠文堂新光社出版の 『園芸大辞典』 に掲載されたマスデ バリアは30年版, マスデバリア10種, ドラクラ5種, 40年改訂版でも14種, 5種と, 戦前に及ばない数である。 しかし50年代に入ってからは,ある程度,種類が揃ってき ており、 後半からは急速に蒐集が進められて, 年々その数を増やした。 現在はおそら マスデバリアの原種240種, ドラクラ60種位になっていると思われるし,交配種の 方も急増している状況にあり,今後,かなりの充実発展が予想される。
なお,本書はDr. Luerの分類に基づいてセクション別に種を配列したもので,資料 の多くは氏の著書に負っている。 また, 内容に精彩を添えた細密画は、永年の交わり である今井真利子氏の創作であり,セクション別にも精緻な画を描いていただき, そ の特性が一目で解るようになっている。 掲載した種は写真があり、確かな資料と生品 の検証が合致するものを建前としてきた。 しかし, 重要な種は写真なしで除外するの も不本意であり, Hirtz氏他からお借りした写真もあるが, 数年待っても花を付けない ものなど,一部写真のないままになった種があり,それが心残りになっている。
また, Luer氏が1986年, マスデバリア属から分離されたのには,ドラクラ属の他に Dryadella, Trisetellaの2属があるが,どちらも小型の小属で, 園芸的にはあまり重 要でないことと,取り上げた2属の対照の面白さから,本書ではそれらを除外している。 ところで,マスデバリアのベースであるアンデスにも自然破壊が刻々と進行してい るようで, 1981年, Luer氏がM. datura を発見したボリビア, La Paz 近郊の森林は 1年後, 再訪された時には,地元のコミュニティの拡大で跡形もなかったと聞いている。 人間社会の経済発展に自然破壊は避けられない仕組みのようだが, 自然との不條理な 対立はランに思いを寄せる我々には悲しいことである。
終わりに, 寄稿文まで書いていただいたLuer氏の, 常にフィールドにあって研究さ れる真摯な姿勢に敬意を表し、 私も野にありたいと願う。
平成6年7月11日
宇田川芳雄
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